自由と規律

   自由とは、個々の人間が、それぞれ持っている独自の思想や願望を表に出せることで、規律とは、その自由が他の自由を侵害するのを防ぐ平等な制限だ、と私は思う。

   たとえば、電車に乗っているとき、大声で喋るというのはどうだろうか。喋るという行為は、個人の自由としては問題ない。しかし、周囲のことを考えてみると、その自由は迷惑となる。個人の自由は、集団の中で主張すると迷惑になることがあるのだ。そして、もしその集団にいる一人一人が個人の自由を主張し続ければ、秩序は乱れ、不平等な自由となり、互いの自由を侵害し合うことになってしまうだろう。自分の自由のみ主張できればそれに越したことはないが、全ての人がそう思ってしまったならいつか必ず自分に返ってくるだろう。
   そうなれば、いつか自由は自由の本質を失い、荒れた社会を作り出すことになってしまうのだろうと私は思う。その問題を解決するためには、やはり規律を作り、最低限度の制限によって、自由の氾濫を抑えるしかないのではないか。それは互いの自由を守るためでもあり、自分自身の自由を守るためでもある。
   行き過ぎた規律は単なる束縛となるが、平等な規律があることで個人や他人の自由が守られていると言える。自由と規律、双方の存在があることで、人と人とが調和していけるのではないだろうか。
 
三年六組 龍 九尾(仮名)


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